目次
1.実家の断捨離で親が片付けられない思い出の品は2つ
帰省するたびに実家の断捨離をしているなか、気になっ手はいても手を付けられないでいるものがあります。
それは両親にとっての思い出の品。
自分を育ててくれた親にとっての思い出の品をどうしたらいいのか?その思い出の品がサイズが大きくて重量もあるものだけに悩むところです。
1.リトグラフ
実家は築40年近くの古い家ですが新築当時母の希望でリトグラフを購入。
母曰く「荻須高徳 (おぎすたかのり)のがほしかったけれど高価で手が出なかったこれにしたの」と今も玄関に飾られています。荻須高徳 (おぎすたかのり)さんも存じあげないし、玄関にあるリトグラフの作者すらわかりません。これと同じサイズのリトグラフがもう一つリビングにあって母からは「これは処分してほしくないけれど、瑠璃子のことだからネットなんとかに売り飛ばしてしまんうんだろうね」と悲しげな顔で言われてしまいなぜか悲しくなりました。
ちなみにリトグラフとは、石版画(せきはんが)と呼ばれるもので石の版に図柄を描いて紙に刷ったものをいいます。多くの枚数を刷ることができるの全枚数の内何枚目かがサインされていて、玄関のリトグラフは200枚刷った内の58枚目でした。
2.色鍋島
両親が自分たちの結婚25周年記念に九州旅行に行った際に求めてきた色鍋島の絵皿と壺。
当時はとても気に入っていたようですが、絵皿も壺も母にとっては重量が重く、飾ってある床の間が2Fにあるため膝の悪い母はめったに2Fにあがれない状態。私が帰省した時に手入れをするくらいです。
両親にとって思い出の品であっても、断捨離しながら日々モノを減らしながら小さく暮らしている私にとって、リトグラフも色鍋島の絵皿と壺も飾るスペースすらありません。
私が引き継いでもその後娘たちもどうしていいか困るのが目に見えています。
2.親の思い出の品をどうするか?
幸か不幸か両親の思い出の品はリトグラフが2点と色鍋島の絵皿と壺の4点。
昭和の初め生まれの両親にしては少ないかもしれません。
では、この思い出の品をどうしたらいいのか?私が考えられることは4つ。
1.親に思い出の品をどうしたいか?遺言書かエンディングノートに書いてもらう。
本人にとっての思い出の品は子どもにとって必ずしも大切なものとはなりません。
両親が私にどうしてほしいのか?今後話し合って遺言書に書いてもらう。
遺言書のハードルが高ければエンディングノートでもいい。
2.私が使い続けて亡くなったら処分してほしいこと、処分方法を具体的に遺言書に書いておく。
娘たちに残すことができないので、色鍋島の絵皿は大皿として使い、壺は花瓶として生花を、リトグラフは玄関、リビングに飾ることになるでしょう。
3.欲しい人にプレゼントする。
著名な人の作品なら欲しい人もいるかもしれないけど、いま時こんなに大きなものを欲しい人がいるのかが疑問。
4.オークションサイトかメルカリに売る。
両親が亡くなった後、オークションサイトかメルカリで売るにしてもサイズが大きく、重いものを配送中壊れないように梱包したり、応募してきた人とやり取りすることに自信がない。
5.結果は遺言書かエンディングノートに書いてもらう
1.親に思い入れの品をどうしたいか?遺言書かエンディングノートに書いてもらう。
私が勝手に処分するのではないかと母の悲しそうな顔を見て、やはり親子で納得のいく方法をとるのがしこりを残さずよいとの思いから遺書かエンディングノートに書いてもらう方法をとることにしました。
まずは親の意思を尊重することが大事にして、もし私に残すことになったら私の意思に任せてもらうことまで話し合うことが大切かもしれません。
次回帰省した時に具体的に話してみようと思います。
3.思い出の品は小さい箱に入るものに厳選
今はモノを処分するのもお金のかかる時代。
最近友人から聞いた話では、両親亡きあとの実家にあるものを処分するのに30万円以上かかったとのこと。処分した後実家を売りに出すための掃除で疲労が蓄積して1日寝込んでしまったという。
自分の持ち物をお金、時間、体力を使わせてまで子どもに処分させないために、思い出の品は小さい箱に入るものに厳選することが大事でしょう。
子どもに残したいモノがあるのなら自分が生きているうちに、もし子どもが欲しいと言ってくれるならプレゼントしてしまう。
そうでなければ、思い出の品は持ち運びができる小さい箱に収まるものだけに厳選することが納得のいく老前整理になると思う。